田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」
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けさのみことば ~こどもとともに~2026.2.3


2026.2.3
「目をさましてお祈りなさい」

マルコ14章38節


 先生にはもうすぐ二歳になる孫がいます。昼間いっぱい遊んだからでしょうか。お昼寝をしなかったからでしょうか。時々、夕ご飯を食べながら、こっくりこっくり。あたたかいお部屋で、お腹がいっぱいになったからかもしれません。
 皆さんもそんなときはありませんか。特に五時間目の授業中とか・・・。
 眠気に襲われると、もう何も考えられなくなります。何かをしていても上の空、心を込めてすることはできなるでしょう。
 今日のみ言葉の「目を覚まして」というのは、眠気に襲われたときのように、「何も考えず、心を込めないで、ただ何となく上の空でお祈りしてもダメですよ、ちゃんと心を込めてお祈りしましょうね。」ということでしょう。
 高知県の昔話に「念仏おばあさん」というのがあります。
 「毎日、毎日、『南無阿弥陀』と念仏を唱えるおばあさんがいました。でもそれは、ただ口だけが習慣で動いている『口念仏』でした。
 おばあさんが亡くなって、閻魔大王のところに行ったとき、おばあさんはきっと極楽に行けると思いました。だって、朝起きては念仏、夜寝る前も念仏、ご飯と食べる前にも後にも念仏を唱えていたからです。けれども、閻魔大王がおばあさんの念仏をふるいにかけると、子どもが病気の時に唱えた念仏や大嵐の時に村を守ってくださいと唱えた念仏、おばあさん自身がなくなる直前に唱えた念仏など、ほんの少ししか残らなかったというお話です。
 さて、皆さんは毎日お祈りしていますよね。雙葉の子どもたちは毎朝毎朝「天におられる」のお祈りをしています。お帰りの時は「アヴェ・マリアの祈り」を唱えています。お食事の前や後にも。そして、「父と子と聖霊の御名によって・・」と言いながら、十字架のしるしをすることもできます。だから、もう百点満点でしょうか。昔話の念仏おばあさんのようなことはないでしょうか。
 お祈りにすっかり馴れてしまって、口では何か言っているけれど、心はどこかに行ってしまい、何を祈っているのか。誰とお話ししているのか、ちっとも考えていないうちに終わってしまった・・・。先生もそんな時があります。
 イエス様はきっと、こういうことをご存知だったのでしょうね。だから、おっしゃられたのです。
 「皆さん、目を覚ましてお祈りしましょうね。わたしはあなたのお祈りに耳をかたむけていますよ」
 イエス様が耳をかたむけて、一所懸命わたしのお祈りを聞いていてくださるのですから、いい加減では申しわけないですね。
 その上、わたしたちには、お祈りしなければならないことがいっぱいありますよね。自分の願いだけでなく、病気のお友だちのこと、さびしいお年寄りのこと、戦争で苦しんでいる国の子どもたち、地震や洪水で住む家を失った人たち、食べるもののない子ども、学校に行けない子ども・・・世界の平和・・・。
 さあ、目を覚ましてお祈りしましょう。わたしたちの心のこもった祈りをイエス様に届けましょう。イエス様は必ず耳を傾けてくださいますよ。



けさのみことば ~こどもとともに~

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