田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」
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けさのみことば ~こどもとともに~


2022.7. 5
「主よ わたしたちの目を開けてください」

(マタイ20・33)


 イエス様は、弟子達と一緒に、エルサレムに向かっていました。その途中、エリコという町を出ると、大勢の人がイエス様に従って、「あの人はたくさんの病人を治した人だ」と騒ぎ立てました。
 そのとき、二人の目の見えない男が、イエス様が通る道ばたに座っていました。二人はきっとイエス様の話を聞いて、イエス様がお通りになるのを、今か、今かと、待っていたのでしょう。イエス様がお通りになると、二人は大声で叫びました。「先生、私を憐れんでください。」周りの人たちはびっくりして、「しーっ、静かに」と言いましたが、二人はますます大きな声で「先生、憐れんでください。」と叫び続けます。
 イエス様は、足を止めておっしゃいました。「どうしてもらいたいのですか。」二人はすぐに答えました。「主よ、わたしたちの目を開けてください。」イエス様は深く憐れんで、その目に触れられると二人は見えるようになり、イエス様のあとについていきました。
 この二人の人が望んだのは、見えるようになることです。他のどんなことでもありません。偉くなるとか、お金持ちになるとかではなく、心の底から望んだのは見えるようになることです。そして、その思いをイエス様なら分かってくださると信じて、イエス様を待ったのです。
 二人は、目が見えませんから、イエス様が通られても分かりません。だから一日中、周りの人の気配に神経を尖らせて、周りの人の声を聴き逃さないように集中して、イエス様を待ち続けていたのでしょう。何も聞き漏らさないように、一時間、授業に集中することの大変さを皆さんは知っているでしょう。だから、二人がどんなに大変だったかは、皆さんにも分かるでしょう。
 先生は、イエス様は、ただ二人の目が見えるようにしてくださったのではないと思っています。きっと二人は、見えないことの苦しみしか感じていなかったのでしょう。イエス様は、その二人の苦しみをご自分のことのように受け止め、イエス様ご自身と同じように、世界を、人々を、神様の愛を、見ることができる目を与えてくださったのです。
 目が見えるようになった二人は、イエス様に従い、一緒に、イエス様と同じ道を歩み出します。それがどれだけ大きな喜びか、二人はどれほど嬉しかったか。
 さて、皆さん。わたしたちの目は開いていますね。視力のいい人も悪い人もいますが、見ることはできます。でもどうでしょうか、時々見えないことがあるのではないでしょうか。
 たとえば、善いことと悪いことの区別が見えますか。自然の美しさ、周りの人の優しい行いは見えていますか。お友達のよいところが見えないで悪いところしか見ない目になっていませんか。今、何をしなければいけないか、それが見えないことはありませんか。
 でも、わたしたちは、この二人のように、心から、本当に見えるようになりたいと願っているでしょうか。
 わたしたちも、心から願いましょう。
 「主よ、わたしの目を開けてください。周りの人たちがどのように困っているか見られるように、また、周りの人がどんなにわたしに親切かが見えるように。雙葉の子どもとして歩いていく道、イエス様に従う道がもっとよく見えるようにしてください。」
 もうすぐ夏休みです。長いお休み、ゆっくりと、空の雲を眺めたり、道ばたに咲く花に目を向けたり、周りの人の親切や誰かのために働く人たちの行いに目を留められるといいですね。
 そして、喜んで、イエス様と一緒に歩める人になれたら、嬉しいですね。



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