田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」
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けさのみことば ~こどもとともに~2023.11.14


2023.11.14
「何回まで人をゆるせばよいですか」

「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。『主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回ゆるすべきでしょうか。七回までですか。』」
(マタイ 18:21)


 ある時、イエス様の弟子のペトロさんが、イエス様に尋ねました。
 「誰かがわたしに悪いことをしたとします。そうしたら、わたしはその人を何回までゆるしたらいいのでしょうか。」
 ペトロさんには、どうしてもゆるせないほどの嫌なことがあったのかもしれません。それとも、ゆるしたくてもゆるせない自分が苦しかったのかもしれません。イエス様のお言葉を聞いて、心を静めたかったのでしょう。
 ペトロさんは、イエス様にそう伺いながら、何回ならゆるせるか、自分なりに考えてみました。「一回かな」「三回くらいかな・・」。そして、ペトロさんは、思い切って、「七回までですか。」と、イエス様に聞いてみたのです。七という数字は、神様が七日で世界を造られてことから、「完全」とか「完成」という意味を持った特別な数字でしたから、ペトロさんは、七を選んだのかもしれません。
 ところが、イエス様のお返事はビックリするようなお答えでした。
 「わたしは、七回までなんてケチなことは言いませんよ。その七十倍までゆるしなさい。」
 ペトロさんは計算しました。
 「七の七十倍、えっ、四百九十回?」
 これは、何回も何回も、限りなくゆるしなさい。と言うのと同じことです。いつも、いつも、ゆるすということです。
 ペトロさんは、自分が、気が短くて、直ぐにカッとなって怒ってしまうことを、よく知っていました。だから、「そんなことは、わたしにできるわけがない」と思いました。そこで、心配そうにイエス様のお顔を見上げました。イエス様は、あたたかい優しい目で、ペトロさんを見て、おっしゃいました。
 「ペトロよ、自分がゆるされたいなら、他の人もゆるしてあげなさい」
 ペトロさんは、はっと気がつきました。
 「そうだ、わたしも、ほかの人から、ゆるしてもらわなければならないことがたくさんある。もし、他の人にゆるしてもらえなかったら、どんなに辛いだろう。ゆるしてもらえるまで、毎日、毎日、どんなに苦しい思いをするだろう。いつでも、何回でも、ゆるしてもらえたら、本当に有難いことだ。そのようないたわりの心を持っている人に、もう一度悪いことをしてしまったら本当に申し訳なく思うだろう。そして、もう二度と悪いことをしないようにと、心から思うことだろう。」
 ペトロさんは、イエス様のお考えが、お望みが、少し分ったような気がして、嬉しくなりました。
 ゆるすことは、難しいことです。イエス様もそのことはよくお分かりでしょう。それでも、「七の七十倍ゆるしなさい」とおっしゃったイエス様のお考え、お望みを、わたしたちも考えてみましょうね。


けさのみことば ~こどもとともに~

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