田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」
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けさのみことば ~こどもとともに~2022.9.13


2022.9.13
「わたしはよい羊飼い」

(ヨハネ 10・11)


 聖書の中には、羊のお話や羊飼いのお話がよく出てきます。
でも、わたしたちの周りには、羊も羊飼いもいませんね。動物園や牧場で羊を見たことがある人はいるでしょう。けれども、羊飼いに導かれて移動している羊の群れを見たことはないでしょう。
 ユダヤの国は、牧畜の国で、高原地帯の一番普通のお仕事といえば、羊飼いでした。ですから、ユダヤの人は、羊飼いに連れられて、羊が移動している風景をよく目にしていましたし、羊飼いというお仕事についても、よく知っていました。イエス様が羊飼いのたとえ話をされたのは、ユダヤの人たちにとって、羊飼いや羊が身近な存在だったからでしょう。
 羊は、か弱くてあまり賢くはありません。一匹では、すぐ、狼のような野生の動物に襲われてしまいます。だから、必ず集団で行動します。それは、お互いを助けるためであり、集団でないと生きていけないからです。羊は集団で行動しますが、群れにはちゃんとしたリーダーがいません。だから集団で動いていても、どこに行けば豊かな草や水があるのか分かりません。羊が食べる草が生えているところは、両側が崖になっていたり、ちょっと先に進めば岩がゴツゴツした砂漠に繋がったりしています。たまたま、先頭の羊が崖から落ちたら、後に続く他の羊たちもみんな、崖から落ちてしまうというようこともあるようです。集団から迷子になって砂漠に出てしまえば、一匹で生きていくことは難しいでしょう。
 だから、羊を一つの群れに集め、狼などから羊を守り、草のあるところに羊の群れを導いていく羊飼いが必要なのです。 羊飼いは、いつも、いつも、羊たちを見守っていなければいけません。雨の日も、風の日も、昼も夜も。ただ立って、ぼんやり群れを見ているだけでは駄目です。散らばっている羊、一匹一匹を心にとめ、注意深く見ています。狼や羊泥棒が来たら、追い払って羊を守らなければいけません。夜になれば、色々なところに作られた囲いに羊を導きます。この囲いがどこにあるのか知らなければ大変です。また、この囲いは羊飼い達が何世代もかけて協力して作り上げたものですから、誰かの持ち物というわけではありません。だから、色々な羊飼いの羊が交じって夜を過ごします。朝になったら、羊飼いは一匹一匹を見分けて、自分の群れを作るのです。羊飼いは大変なお仕事です。勇気がなければ、忍耐がなければ、一匹一匹の羊を大切に思う愛がなければ、よい羊飼いにはなれません。  イエス様は、「わたしはよい羊飼いである」とおっしゃいました。イエス様は、わたしたち一人ひとりを、優しく注意深くいつも見ていてくださる、羊飼いのような方です。
 わたしたちは、イエス様のよい羊になりたいですね。
 では、どうしたら、わたしたちはよい羊になれるのでしょう。
 それは、この次のお話です。楽しみにしていてくださいね。


けさのみことば ~こどもとともに~

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