田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」
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けさのみことば ~こどもとともに~2023.01.24


2023.01.24
「わたしは光として世に来た」

私を信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、
わたしは光として世に来た。(ヨハネ 12・46)


 皆さんは、誰かに向かって大きな声を出すことがありますか。
 先生はあります。大勢の人にとても大切なことを伝えようとするとき、大きな声を出すことがあります。ほかには、遠足などで子ども達が広い場所で遊んでいるとき、遠くにいるお友達を呼ぶために、「集合」と大きな声で叫ぶこともありました。また、子ども達が危険なことに気づかない時「危ない」とか「下がりなさい」とか叫んだこともあります。それから、子ども達が近くにいて危険なことがない時でも、時々大きな声を出すことがありました。それはどんな時かというと、皆さんの体は近くにいても、心が先生から遠く離れていると感じる時です。
 今日のみ言葉が書かれているところの最初に「イエスは叫んでこう言われた」と書かれています。なぜ、イエス様は大きな声を出して叫ぶように話されたのでしょうか。
 それはイエス様の周りにたくさんの人がいたからともいえますし、このお話を最後に多くの人の前で話すことはなくなるので、大切なことをきちんと伝えたかったからかもしれません。でも、それだけではなかった気が先生はしています。
イエス様は、大人になって三十歳くらいの時から、人々に神様のことを教え始めました。神様は私たちのお父様であること、神様のお心はあたたかく、お考えは正ししいこと。その神様の望まれていることをイエス様は伝えるために、たくさんのお話をなさり、奇跡を行われました。けれども、イエス様を信じない人もいました。それどころか、素直にイエス様のお言葉を受け取らず、頑な心で自分の都合のいいように受け取ろうとした人も多かったのです。イエス様のそばにいても、人々の心は遠く離れたところにあるようでした。そんな人々の心を近くに呼びもどそうと、イエス様は大きな声で話されたのでしょう。
 イエス様は、物事の筋道をはっきり見せてくれる、輝く光のような方です。でも、「光は嫌だ」、「暗闇がいいよ」という人もいるのです。自分のことばかり、良くないことばかりを考えている人は光が怖いのです。だって、光が明るく照らすと、自分の良くない心がみんなに見えてしまうからです。それを隠すためには暗いところに隠れている方がいいのです。
 皆さんはどうですか。光と暗闇、どちらが好きですか。もちろん明るい光ですね。ひまわりの花がお日様を追って向きを変えるように、私たちの心も自然に光を求めているのです。
 さあ、怖がらないで、一番素晴らしい光であるイエス様に近づいていきましょう。イエス様に心を寄せていきましょう。イエス様の光に照らされると、自分の弱いところ、足りないところも、確かに見えるようになります。けれども、イエス様は「私はその者を裁かない」ともおっしゃってくださいました。イエス様は、きっと、あたたかい光で私の弱いところを包んでくださるでしょう。そして、イエス様の光で、自分の良いところも、周りの人の良いところもたくさん見えてくるでしょう。
 「私は光として世に来た」
 イエス様のこのお言葉を覚えておきましょう。何か苦しいことがあって、世の中が真っ暗に思える時、この言葉を思い出せたらいいですね。きっと心が明るくあたたかくなり、進むべき道も見えてくるでしょう。



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