田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」
田園調布雙葉学園カトリックセンター「愛の泉」

けさのみことば ~こどもとともに~2026.1.20


2026.1.20
「遠く地の果てまで」

遠く地の果てまで、すべての者が神の救いを見た。 詩篇96


 去年の十二月十六日、記念講堂で、保護者研究会のクリスマスミミサがありました。
 お父さま、お母さまが来てくださって広い記念講堂がいっぱいでした。五年生、六年生の聖歌隊、中高の聖歌隊のお姉さんたちのリードで、みんながごミサの歌を歌います。
 聖書の朗読の後の答唱詩編の歌は「遠く地のはてまで、すべての者が神の救いを見た」という聖歌でした。
 イエス様のご誕生の出来事は、今から二千年も前のことです。さらに、飛行機でも十八時間くらいかかる、日本から遠いユダヤの国で、イエス様は活動なさいました。その当時、ユダヤの国から見れば日本は遠い地の果ての国ということでしょう。
 そんな大昔の出来事を、遠く離れた日本の東京の田園調布雙葉学園でお祝いしている。よく考えれば、それはとっても不思議なことだと先生は思いました。
 もちろん、文明が発達した今、世界で起きていることは、遠く離れていてもすぐに知ることができます。今日は誰の誕生日かパソコンで調べれば、すぐに答えが返ってきます。でもそれは情報を得るだけです。よく知っている人であればお祝いをするかもしれませんが、大昔の、それも自分とは関係のない遠く離れた国の人のために大勢の人が集まってお祝いをするのはとても珍しいと言えるでしょう。
 そんなことを考えていると、もうひとつ、皆さんもよく知っている歌の歌詞を思い出しました。それは、バレ神父様の歌の、
 「文字も読めない、神さまも知らない、そんな貧しい子どもたちに
 神さまの愛を教えるために、シスターたちは海を越えた」
 という二番の歌詞です。
 ヨーロッパから海を越えて、最初に来たシスター方にとって、日本は遠い、遠い地の果ての国でした。馴れない気候、食べ物、生活の仕方、そして一番むずかしかったのは「言葉」日本語です。でもシスター方は喜んで日本で働きました。なぜなら、雙葉の子どもたちに「神様の愛を教えるため」なのですから。クリスマスの出来事は、神様がわたしたちにくださった目に見える愛のプレゼントです。その喜びをシスター方はわたしたちに伝えたかったのでしょう。だから、どんなに苦労しても構わないと思われたのです。
 おかげで、今、毎年、毎年、田園調布雙葉では、お父さまやお母さま方が集まって、クリスマスのごミサでお祈りしたり聖歌を歌ったりしています。子ども達も、クリスマスの集いで聖歌を歌い、お祈りをし、みんな同じお食事をいただきます。その中で、イエス様のご誕生という神様の救い、愛をわたしたちは感じ、心が温かくなります。大きな喜びを感じます。
 でも、シスター方はなぜ遠く離れた日本の地でも、自信をもって神様の愛を伝えられたのでしょうか。
 イエス様は「天におられるわたしたちの父よ」と祈ることを教えてくださいました。天は一つです。日本から見上げる天も、ユダヤの地から見上げる天も、繋がっています。神様が天におられるのなら。日本にいるわたしたちとも、いつも一緒にいてくださるでしょう。
 遠く地の果てのような日本でも、神様の愛は働いていることをシスター方は分かっていたのです。「遠く地の果てまで」というのは「どこにでも」という意味でしょう、神様の救い、愛の業は、わたしたちの上にも確かに働いていることを忘れないでいたいですね。

けさのみことば ~こどもとともに~

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